ルバイヤートというイスラムの四行詩があるということを知ったのは、これに関連する作家サーデグ・ヘダーヤトの著書「生埋め」という作品から。
「生埋め」についての感想はまた別記事で書くとして、ルバイヤートについて。
四行詩というとイメージで連想するのがノストラダムスとか(笑)、そういう感じで何か古臭くて読みにくくて意味もとりにくいものとして、苦手意識があったのですが、この本はほぼ全ページにわたって美麗な挿絵が入っている上に、巻末にも丁寧な訳注もついていたりで助かりました。
オマル・ハイヤームというのは中世ペルシア生まれの偉大な詩人であり哲学者であり医者であり……平たくいえばヨーロッパにおけるレオナルド・ダ・ヴィンチみたいな知識人だったらしい。
哲学を極めた人がたいてい行き着く先は宗教に対する絶望というのがあるけど、この人も例にもれずそういう道を進んだらしく、詩の中にはそういったものに対する閉塞感がそこかしこに漂ってます。
「神」という唯一無二の存在は生きているけど、それを解釈するための「宗教」や「哲学」に対する限界を感じてしまった…とかかなー?キルケゴールもそうだっけ?<うろ覚えでいい加減なことを書くなという声が聞こえる…;
ともかく、そういう人だったので、美酒と酒姫(「サーキィ」と呼ばれる美少年)に対する賛歌をうたい続けたのがこのルバイヤート。別名「酔っ払い四行詩」ともいうらしい。(笑)
それが19世紀中ごろ〜末にかけて、フィッツジェラルドによる英訳で注目され、ヨーロッパに広まったとかで。当時は丁度オリエントなものに対する憧れがあった時代だから、余計にウケたのだろうなぁとも思います。
で、この本には、そのフィッツジェラルドによる英訳も対で掲載されてたりするのです。何という贅沢!
さすがにペルシア語原文があったとしても読めないのでそれは仕方がないのですが、英文と邦訳との対比をしながらあれこれ考察できるのは嬉しいなぁと、思うのであります。
追記。
>閉塞感
とはいうものの、詩自体にそういうった「影」はない。
キルケゴールとかのような絶望そのものを謡うのではなく、どっちかというと「この世は諸行無常だからさー、美味しい酒飲んで奇麗な子はべらせて、奇麗な花を眺めて奇麗な鳥の歌声きいて、奇麗な景色見ていようぜ♪^^」みたいな部分の方が強いね。(笑<酔っ払い四行詩といわれる所以
邦訳が文語体っていうのかな、読みにくいかもしれないので、別の訳本でいいのがあれば、できればそっちも併せて読むことをおすすめします。青空文庫にもあったような記憶がちらり。
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